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【福島市内の主婦の会話(その4)】

2013.9.17(火)

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浅野 弘一

2013年9月16日

福島市内の主婦の会話(その4)

A主婦「台風18号、関西では大変だったようだナイ(ね)」 B主婦「夕んべがら強雨で福島も激しがったゲンジョ(けれど)、ま、大したこと無ぐって良がったナイ」 A「んだナイ。 だけどナイ、実際は被害が出っから嫌なんだゲンチョ(けれど)、 激しい雨が降って猛風でもずーっと吹き荒れてくれっとよ、福島の放射能全部、太平洋にでも運んでくれんじゃねーかと思って、少しは期待してたんだ」 B「ほだ、ほだ(そうだ、そうだ)俺もそう思ってたんだ。 今やってる除染作業見てっと、一生懸命作業している人には悪いゲンチョ、その辺にまき散らしてるだけだもんナイ。 広島の原爆の時も、しばらくしてから台風が来たっていう話もあんだべ?」 A「詳しくは分がんねーけど、自然の強い力で浄化して貰えんじゃねーがと思ってナイ」 B「不謹慎だから、大ぴっらには言えないゲンチョナイ。 放射能気にしている人は、内心みんなそう思ってんじゃねーべが?」 A「俺もそうだと思うゾイ(よ)。 人間の力なんて、たかが知れてるもんナイ。 あれ以来、つくづく、そう思うようになったゾイ」 B「原発なんて遠い所の話で、俺らには何の影響もねーと、そう思ってたけゲンチョ、まさか60キロ離れた福島まで来るとはナイ」 A「んだ,ビックリしたナイ。 それとあの時は電気は切れなかったが、断水してたべした?あれは大変だったナイ」

B「そう、そう、そうだったナイ。 市内でも渡利のこの辺では、8日から10日くらいで水道が出るようになったゲンチョ、それまでが大変だったナイ」 A「水汲みに何時間も列を作って支所の給水所に並んで貰ってきたっげ。あれはバカ亭主の役目だゲンチョ」 B「ガソリンは不足してっがら、寒い中、歩きか自転車で動いていたナイ、あの時は」 A「この辺では出光とゼネラルのガソリンスタンドが開いてたナイ。1台10リッターまでの給油で、それまで待つこと7、8時間だというのが当初ザラだったナイ。あんだの旦那さんもその係りだったんだべ?」 B「そうだヨ。ほら福島の場合、原発の風評被害っていうのか、ロータリーの運転手が来たがらないっていう特別な事情も、最初はあったがらナイ」 A「それに福島でもやってる所少ながったがら、酷い時には1キロ以上は並んでたナイ、車が」 B「私は、昼飯を差し入れ、トイレに行くときは私が車に乗って割り込まれないようにして父ちゃんと交替してたっけ。寒いだゲンチョ、ガソリン勿体ないから移動して直ぐエンジンを切ってナイ」

A「東京みたいに、地下鉄や電車やバス、ひっきりなしに来る所と違って、病院でもスーパーでも車がねーと生活できねーがらナイ、福島では」 B「東京も、地震の時は交通手段が無くって大変だったようだけどナイ」

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