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#059-1 辺野古訴訟最高裁判決全文

(2016.12.20)

平成28年(行ヒ)第 394号 地方自治法251条の7第1項の規定に基づく不作為の違法確認請求事件

 平成28年12月20日 第二小法廷判決

   主  文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

   理  由

 

第1 本件の事実関係等の概要

 

1 本件は、我が国とアメリカ合衆国(以下「米国」という。)との間で返還の合意がされた沖縄県宜野湾市所在の普天間飛行場の代替施設を同県名護市辺野古沿岸域に建設するための公有水面の埋立て(以下「本件埋立事業」という。)につき、沖縄防衛局が、仲井眞弘多前沖縄県知事(以下「前知事」という。)から公有水面の埋立ての承認(以下「本件埋立承認」という。)を受けていたところ、上告人が本件埋立承認は違法であるとしてこれを取り消したため(以下「本件埋立承認取消し」という。)、被上告人が、沖縄県に対し、本件埋立承認取消しは違法であるとして、地方自治法 245条の7第1項に基づき、本件埋立承認取消しの取消しを求める是正の指示(以下「本件指示」という。)をしたものの、上告人が、本件埋立承認取消しを取り消さず、法定の期間内に同法 251条の5第1項に定める是正の指示の取消しを求める訴えの提起もしないことから、同法 251条の7第1項に基づき、上告人が本件指示に従って本件埋立承認取消しを取り消さないことが違法であることの確認を求める事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

(1) 普天間飛行場は、宜野湾市の中央部にあり、昭和20年からアメリカ合衆国軍隊(以下「米軍」という。)による使用が開始され、現在、米軍海兵隊の航空部隊の基地として用いられている。同飛行場周辺は、学校や住宅、医療施設等が密集している状況にある。

(2) キャンプ・シュワブは、名護市辺野古周辺に所在し、昭和31年から米軍海兵隊により使用が開始され、現在はキャンプ地区及び訓練場地区として、米軍海兵隊の陸上部隊により用いられている施設及び区域であり、一般人の立入り等が制限されている。

(3)ア 平成8年4月に行われた内閣総理大臣と駐日米国大使との会談において、普天間飛行場につき、一定の措置を講じた後に返還される旨の合意がされ、更に同年12月、日米安全保障協議委員会(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約4条を根拠として設置された協議機関)に出席した関係閣僚等により、同飛行場の代替施設を設置し、運用が可能となった後に同飛行場を返還する旨が承認された。その後、国は、同飛行場の代替施設及びその関連施設としての飛行場(以下「本件新施設等」という。)を名護市辺野古沿岸域に設置するため、本件埋立事業を実施することとし、沖縄防衛局がその手続を進めた。

  イ 沖縄防衛局は、キャンプ・シュワブ施設敷地内から辺野古崎とこれに隣接する大浦湾、辺野古湾の水域を結ぶ形で埋立地を造成し、本件新施設等を設置するため、平成25年3月22日、前知事に対し、原判決別紙4記載の公有水面の埋立て(本件埋立事業)の承認を求めて、公有水面埋立承認願書を提出した(以下、この出願を「本件埋立出願」という。)。

  ウ 沖縄防衛局長は、本件埋立出願に先立ち、環境影響評価法及び沖縄県環境影響評価条例(平成12年沖縄県条例第77号)に基づいて環境影響評価書を作成し、平成23年12月及び同24年1月、これを前知事に送付するとともに、同年12月、補正後の環境影響評価書を前知事に送付した。

(4)ア 前知事は、本件埋立出願を受けて、関係市町村長である名護市長及び関係機関である沖縄県環境生活部長等に対し意見照会をし、それぞれ回答を受けた。また、沖縄県は、平成25年10月から同年12月までの間、4回にわたり、沖縄防衛局に対し、本件埋立事業が公有水面埋立法4条1項1号の要件(以下「第1号要件」という。)及び同項2号の要件(以下「第2号要件」という。)に適合するか否かに関する質問をし、その回答を受けた。

  イ 前知事は、沖縄県が行政手続法5条1項に基づいて定めた公有水面埋立免許の審査基準により本件埋立出願に係る審査を行い、本件埋立事業が第1号要件及び第2号要件を含む公有水面埋立法4条1項各号の要件に適合すると判断して、平成25年12月27日、本件埋立承認をした。

   上記審査のうち本件埋立事業が第1号要件に適合するか否かの審査においては、普天間飛行場の周辺に学校や住宅、医療施設等が密集しており、騒音被害等により住民生活に深刻な影響が生じていることや、過去に同飛行場周辺で航空機の墜落事故が発生しており、同飛行場の危険性の除去が喫緊の課題であることを前提に、1同飛行場の施設面積が約4.8km²であるのに対し、本件新施設等の面積が約2km²であり、そのうち埋立面積が約1.6km²であることなどから埋立ての規模が適正かつ合理的である、2沿岸域を埋め立てて滑走路延長線上を海域とすることにより航空機が住宅地の上空を飛行することが回避されることや、本件新施設等が既に米軍に提供されているキャンプ・シュワブの一部を利用して設置されることなどから、埋立ての位置が適正かつ合理的であるなどとされた上で、本件埋立事業が第1号要件に適合すると判断されている。

   また、上記審査のうち本件埋立事業が第2号要件に適合するか否かの審査においては、前記(3)ウの環境影響評価書の内容が検討の対象とされた上で、1護岸その他の工作物の施工、2 埋立てに用いる土砂等の性質への対応、3埋立土砂等の採取、運搬及び投入、4埋立てによる水面の陸地化において、現段階で採り得ると考えられる工法、環境保全措置及び対策が講じられており、更に災害防止にも十分配慮されているとして、本件埋立事業が第2号要件に適合すると判断されている。

(5) 上告人は、平成27年10月13日、本件埋立承認には本件埋立事業が第1号要件及び第2号要件に適合しないにもかかわらずこれらに適合するとした瑕疵があったとして、本件埋立承認取消しをした。

(6) 公有水面埋立法に基づく都道府県知事による埋立ての承認は法定受託事務であるところ(地方自治法2条9項1号、公有水面埋立法51条1号)、被上告人は、本件埋立承認取消しが違法であるとして、平成27年11月17日、地方自治法 245条の8第3項に基づき、本件埋立承認取消しの取消しを行うべきことを命ずる旨の裁判を求める訴え(以下「前件訴訟」という。)を提起した。

   前件訴訟は、平成28年3月4日の和解期日において訴えが取り下げられたことにより終了した。

(7) 被上告人は、本件埋立承認取消しが違法であるとして、平成28年3月16日、地方自治法 245条の7第1項に基づき、沖縄県に対し、本件埋立承認取消しの取消しを求める本件指示をした。本件指示に係る書面には、同書面が到達した日の翌日から起算して1週間以内に本件埋立承認取消しを取り消すべき旨の記載がされていた。

(8) 上告人は、本件指示に不服があるとして、平成28年3月23日、地方自治法 250条の13第1項に基づき、国地方係争処理委員会に対し、審査の申出をした。

(9) 国地方係争処理委員会は、平成28年6月21日、上告人及び被上告人に対し、国と沖縄県が普天間飛行場の返還という共通の目標の実現に向けて真摯に協議し、双方がそれぞれ納得できる結果を導き出す努力をすることが、問題の解決に向けての最善の道であるとの見解をもって審査の結論とする旨の決定(以下「本件委員会決定」という。)を通知した。

(10) 上告人は、本件委員会決定の通知があった日から30日以内に本件指示の取消しを求める地方自治法 251条の5所定の訴えを提起せず、かつ、本件埋立承認取消しを取り消さなかった。そこで、被上告人は、平成28年7月22日、同法251条の7第1項に基づき、本件訴えを提起した。

第2 上告代理人竹下勇夫ほかの上告受理申立て理由第3の1、第6及び第7について

1 本件においては、上告人が本件指示に係る措置として本件埋立承認取消しを取り消さないことが違法であることの確認が求められているところ、本件埋立承認取消しは、前知事がした本件埋立承認に瑕疵があるとして上告人が職権でこれを取り消したというものである。

  一般に、その取消しにより名宛人の権利又は法律上の利益が害される行政庁の処分につき、当該処分がされた時点において瑕疵があることを理由に当該行政庁が職権でこれを取り消した場合において、当該処分を職権で取り消すに足りる瑕疵があるか否かが争われたときは、この点に関する裁判所の審理判断は、当該処分がされた時点における事情に照らし、当該処分に違法又は不当(以下「違法等」という。)があると認められるか否かとの観点から行われるべきものであり、そのような違法等があると認められないときには、行政庁が当該処分に違法等があることを理由としてこれを職権により取り消すことは許されず、その取消しは違法となるというべきである。

  したがって、本件埋立承認取消しの適否を判断するに当たっては、本件埋立承認取消しに係る上告人の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用が認められるか否かではなく、本件埋立承認がされた時点における事情に照らし、前知事がした本件埋立承認に違法等が認められるか否かを審理判断すべきであり、本件埋立承認に違法等が認められない場合には、上告人による本件埋立承認取消しは違法となる。

2(1) 公有水面埋立法は、42条1項において、国が行う埋立てにつき、当該事業を施行する官庁が都道府県知事から承認を受けるべきことを定め、その承認の要件が同条3項において準用する同法4条1項により定められているところ、同項が、同項各号の要件に適合すると認められる場合を除いては埋立ての承認又は免許(以下「承認等」という。)をすることができない旨を定めていることなどに照らすと、同項各号は、上記承認等が都道府県知事の裁量的な判断であることを前提に、上記承認等をするための最小限の要件を定めたものと解されるのであって、同項各号の規定はこのことを踏まえて解釈されるべきである。

(2) 公有水面埋立法4条1項1号の「国土利用上適正且合理的ナルコト」という要件(第1号要件)は、承認等の対象とされた公有水面の埋立てや埋立地の用途が国土利用上の観点から適正かつ合理的なものであることを承認等の要件とするものと解されるところ、その審査に当たっては、埋立ての目的及び埋立地の用途に係る必要性及び公共性の有無や程度に加え、埋立てを実施することにより得られる国 土利用上の効用、埋立てを実施することにより失われる国土利用上の効用等の諸般の事情を総合的に考慮することが不可欠であり、また、前記(1)で述べたところに照らせば、第1号要件においては当該埋立てや埋立地の用途が当該公有水面の利用方法として最も適正かつ合理的なものであることまでが求められるものではないと解される。そうすると、上記のような総合的な考慮をした上での判断が事実の基礎 を欠いたり社会通念に照らし明らかに妥当性を欠いたりするものでない限り、公有水面の埋立てが第1号要件に適合するとの判断に瑕疵があるとはいい難いというべきである。

   これを本件についてみるに、本件埋立事業は普天間飛行場の代替施設(本件新施設等)を設置するために実施されるものであり、前知事は、同飛行場の使用状況や、同飛行場の返還及び代替施設の設置に関する我が国と米国との間の交渉経過等を踏まえた上で、前記第1の2(4)イのとおり、騒音被害等により同飛行場の周辺住民の生活に深刻な影響が生じていることや、同飛行場の危険性の除去が喫緊の課題であることを前提に、1本件新施設等の面積や埋立面積が同飛行場の施設面積と比較して相当程度縮小されること、2沿岸域を埋め立てて滑走路延長線上を海域とすることにより航空機が住宅地の上空を飛行することが回避されること及び本件新施設等が既に米軍に提供されているキャンプ・シュワブの一部を利用して設置されるものであること等に照らし、埋立ての規模及び位置が適正かつ合理的であるなどとして、本件埋立事業が第1号要件に適合すると判断しているところ、このような前知事の判断が事実の基礎を欠くものであることや、その内容が社会通念に照らし明らかに妥当性を欠くものであるという事情は認められない。 したがって、本件埋立事業が第1号要件に適合するとした前知事の判断に違法等があるということはできない。

(3) また、公有水面埋立法4条1項2号の「其ノ埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト」という要件(第2号要件)は、公有水面の埋立て自体により生じ得る環境保全及び災害防止上の問題を的確に把握するとともに、これに対する措置が適正に講じられていることを承認等の要件とするものと解されるところ、その審査に当たっては、埋立ての実施が環境に及ぼす影響について適切に情報が収集され、これに基づいて適切な予測がされているか否かや、事業の実施により生じ得る環境への影響を回避又は軽減するために採り得る措置の有無や内容が的確に検討され、かつ、そのような措置を講じた場合の効果が適切に評価されているか否か等について、専門技術的な知見に基づいて検討することが求められるということができる。そうすると、裁判所が、公有水面の埋立てが第2号要件に 適合するとした都道府県知事の判断に違法等があるか否かを審査するに当たっては、専門技術的な知見に基づいてされた上記都道府県知事の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであると解される。

   これを本件についてみるに、前記第1の2(4)イのとおり、本件埋立事業が第2号要件に適合するか否かは沖縄県が定めた審査基準に基づいて検討されているところ、この審査基準に特段不合理な点があることはうかがわれない。また、前記第1の2(4)ア及びイのとおり、前知事は、関係市町村長及び関係機関からの回答内容 や沖縄防衛局からの回答内容を踏まえた上で、本件埋立事業が第2号要件に適合するか否かを専門技術的な知見に基づいて審査し、1護岸その他の工作物の施工、2埋立てに用いる土砂等の性質への対応、3埋立土砂等の採取、運搬及び投入、4埋立てによる水面の陸地化において、現段階で採り得ると考えられる工法、環境保全措置及び対策が講じられており、更に災害防止にも十分配慮されているとして、第2号要件に適合すると判断しているところ、その判断過程及び判断内容に特段不合理な点があることはうかがわれない。

   したがって、本件埋立事業が第2号要件に適合するとした前知事の判断に違法等があるということはできない。

3 以上のとおり、本件埋立事業が第1号要件及び第2号要件に適合するとした前知事の判断に違法等があるということはできず、他に本件埋立承認につき違法等があることをうかがわせる事情は見当たらない。そうすると、本件埋立承認取消しは、本件埋立承認に違法等がないにもかかわらず、これが違法であるとして取り消したものであるから、公有水面埋立法42条1項及び同条3項において準用する4条1項の適用を誤るものであって、違法であるといわざるを得ず、これは地方自治法 245条の7第1項にいう都道府県の法定受託事務の処理が法令の規定に違反している場合に当たる。

第3 上告代理人竹下勇夫ほかの上告受理申立て理由第8について

1 地方自治法 245条の7第1項は、各大臣(内閣府設置法4条3項に規定する事務を分担管理する大臣たる内閣総理大臣又は国家行政組織法5条1項に規定する各省大臣)は、所管する法律又はこれに基づく政令に係る都道府県の法定受託事務の処理が法令の規定に違反していると認める場合に是正の指示をすることができる旨を定めるところ、その趣旨は当該法定受託事務の適正な処理を確保することにあると解される。このことに加えて、当該法定受託事務の処理が法令の規定に違反しているにもかかわらず各大臣において是正の指示をすることが制限される場合がある旨の法令の定めはないことを考慮すると、各大臣は、その所管する法律又はこれに基づく政令に係る都道府県の法定受託事務の処理が法令の規定に違反していると認める場合には、当然に地方自治法 245条の7第1項に基づいて是正の指示をすることができる。

2 これを本件についてみるに、被上告人は公有水面埋立法を所管する大臣であり(国土交通省設置法4条57号。平成27年法律第66号による改正後は同条1項57号)、公有水面埋立法に基づく都道府県知事による埋立ての承認は法定受託事務であるところ、前記第2の3のとおり、本件埋立承認取消しが法令の規定に違反しているのであるから、被上告人は、沖縄県に対し、これを是正するために講ずべき措置に関し必要な指示をすることができる。

  したがって、本件指示は適法であり、上告人は本件指示に係る措置として本件埋立承認取消しを取り消す義務を負う。

第4 上告代理人竹下勇夫ほかの上告受理申立て理由第9について

 

1 地方自治法 251条の7第1項は、同項に定める違法の確認の対象となる不作為につき、是正の指示を受けた普通地方公共団体の行政庁が、相当の期間内に是正の指示に係る措置を講じなければならないにもかかわらず、これを講じないことをいう旨を定めている。そして、本件指示の対象とされた法定受託事務の処理は、上告人が本件埋立承認を職権で取り消したことであり、また、本件指示に係る措置の内容は本件埋立承認取消しを取り消すという上告人の意思表示を求めるものである。これに加え、被上告人が平成27年11月に提起した前件訴訟においても本件埋立承認取消しの適否が問題とされていたことなど本件の事実経過を勘案すると、 本件指示がされた日の1週間後である同28年3月23日の経過により、同項にいう相当の期間が経過したものと認められる。

  また、本件において、上記の期間が経過したにもかかわらず上告人が本件指示に係る措置を講じないことが許容される根拠は見いだし難いから、上告人が本件埋立承認取消しを取り消さないことは違法であるといわざるを得ない。

  したがって、上告人が本件指示に係る措置として本件埋立承認取消しを取り消さないことは、地方自治法251条の7第1項にいう不作為の違法に当たる。

2 なお、所論は、上告人が本件委員会決定を受けて被上告人に協議の申入れをしたことなどを指摘して、上告人に地方自治法 251条の7第1項にいう不作為の違法はない旨をいう。しかしながら、上告人は、本件指示に係る措置として本件埋立承認取消しを取り消していないのであるから、上告人に同項にいう不作為の違法があることは明らかであり、上告人が本件委員会決定を受けて被上告人に協議の申入れをしたことは、上記の結論を左右しない。所論は採用することができない。

第5 結論

 以上によれば、上告人が本件指示に係る措置として本件埋立承認取消しを取り消さないことは違法であるとして、被上告人の請求を認容した原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、いずれも採用することができない。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 鬼丸かおる

     裁判官 貫  芳信

     裁判官 山本 庸幸

     裁判官 菅野 博之

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